みじログ

お気に入りの風景やおすすめスポットなどを綴ります。

新選組のふるさと 土方歳三を訪ねて (東京都 日野市)

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最近『歴女』という言葉をよく目にする。歴史が好きな女性こと。そう、私のことだ。やけに歴史に詳しいとか、特別に入れ込んでいる歴史上の人物がいるとかでは決してなく、松尾芭蕉の句に、
夏草や兵どもが夢の跡
というのがあるが、歴史の舞台となった場所を訪れ、そこで繰り広げられたドラマに思いを馳せるということが好きなのだ。
新潟出身の私が、岐阜の中仙道の側で暮らしたことがある。関が原という地名を見ただけでどきどきして、林の中から戦国武将たちが飛び出してくるのではないかと思ってしまったことがあった。
東京都下に移り住んでもう8年。甲州街道を通る度、『日野宿』『土方歳三』の文字が気になってはいた。4月の終わり、ふと目にした新聞に 「白虎隊自刃図」 明治維新期 戊辰戦争ゆかりの 日野市立新選組のふるさと歴史館』 で 初公開 (5月12日まで)とあった。小学校の修学旅行は会津若松で、鶴ヶ城の見える飯盛山の白虎隊が自刃したのと同じ場所に立ち、自ら命を落とした少年たちの話を聞いた。また、幼い頃からよく見ていたNHK大河ドラマの今年の舞台は会津若松 「八重の桜」! 『日野市立新選組のふるさと歴史館』に行くしかない!

 『日野市立新選組のふるさと歴史館
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館内に入るとすぐに展示室から来館の団体に熱心に語るガイドさんの声が聞こえてきた。便乗してお話を聞かねば!入館料も払わずに入ってしまい帰りに払った。(すみません。) その声の主は知人の学芸員さんで大活躍のご様子だ。ひと通り展示室を見学し、日野宿、新選組土方歳三のことを軽く勉強。帰り際、知人の学芸員さんをつかまえ、日野駅周辺見どころマップ を見ながら相談にのってもらった。「土方歳三をめぐりたいんだけど。」「土方歳三記念館は今日はお休みですよ。高幡不動尊、絵になりますよ。」 胸が高鳴る。
コースは 新選組のふるさと歴史館』→『日野宿本陣』→『高幡不動尊 に 決定~!!
Tさん、本当にありがとう!!

日野宿本陣
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日野宿本陣。新選組近藤勇土方歳三の出会いの場所。そして、新選組のスポンサー 佐藤彦五郎の住宅。
入館料を支払い中へ入る。ここにもまた熱心にお話してくださるとても優しそうなボランティアガイドさんがいた。
数々のエピソードを交えながら、日野宿本陣の説明をしてくださる。是非、足を運んでお話を聞いて欲しい。

心に残ったエピソードをいくつかご紹介しよう。

  1.  佐藤彦五郎の妻ノブは土方歳三の姉。歳三は幼い頃からよく佐藤家に出入りをし、彦五郎は歳三にライバル関係にある子ども同士で遊ばせる中で、情報収集をさせた。そんな経験から歳三は新選組の参謀として秀でたものを身につけていった。
  2. 市村鉄之助。15歳で新選組に入隊。歳三の小間使いとして、歳三にかわいがられた。
    五稜郭で 官軍に囲まれ最後を決意した歳三は、鉄之助に遺品を託す。鉄之助は歳三と最後を共にしたいと申し出るが、歳三が鉄之助に刀を向け、生き延びるように諭す。まだ16歳だった少年が一人外国船に乗り込み、東京日野にあるこの佐藤彦五郎の邸宅までたどり着くのはどれほど大変だったことだろう。「こじきのようなかっこうであった。」と 門外不出の彦五郎の日誌に書かれていた。約3年間、この邸宅に身を潜め、ほとぼりが冷めた頃、生まれ故郷、岐阜県大垣市に帰った。
  3. 彦五郎が47歳で逝ってしまった文武両道の妻ノブを思って詠んだ句。
    散る雪や 柳をみても 梅みても

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良いお話をたくさんいただいて
高幡不動尊
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高幡不動尊、ここいいっ!!こんな近くにこんなナイススポットがあったなんて!
この記事の中では収まらないので、また 第30回 高幡不動尊 あじさいまつり (平成25年6月1日~7月7日) に。

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最後に 鬼の副長、本当はやさしかった(土方歳三記念館 館長談  新選組のふるさと館のビデオより) 土方歳三さま に ごあいさつして、今日の旅はおしまいおしまい~。