読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みじログ

お気に入りの風景やおすすめスポットなどを綴ります。

江戸東京たてもの園『住居編』~花子とアン~ (東京都小金井市)

f:id:mijikun66:20140604160509j:plain

江戸前期から戦後までの歴史的建造物を移築した『江戸東京たてもの園』。今回は『住居編』です。

最近、すっかりはまっているNHK連続テレビ小説『花子とアン』は、大好きだった『赤毛のアン』の翻訳をした村岡花子さんの生涯を描いた物語です。
花子は山梨の貧しい農家に生まれましたが、父の願いにより、給費生として、東京のミッションスクールで高等教育を受けることができました。アンも花子も逆境に負けず、その明るさで周囲を巻き込みながら、努力を重ね、夢に向かってひたむきに歩いていきます。また、花子の腹心の友である蓮子さんは、華族という家柄のため、自分の思う道へと進むことができずにいます。そんな蓮子さんが詠む、与謝野晶子の「君死にたもうことなかれ」の詩や短歌の数々に、しびれます。105歳まで生きた私の祖母も、戦争で夫を亡くしましたが、女手一つで父たちを育てた、しなやかで芯の強い明治生まれの女性の一人でした。

そんな彼女たちをあちこちに感じ、その時代に思いを馳せながら歩きます。

天明家(農家)」
f:id:mijikun66:20140604151141j:plain江戸時代の名主役を勤めた旧家。私の祖母は没落していく旧家の長女でした。実家を支えるため、製糸工場へと働きに出て、指導役となり、お給金は当時の町長より高かったということです。

f:id:mijikun66:20140608212104j:plain
中に入ると、囲炉裏に火が焚かれた居間で、熱心にボランティアガイドさんのお話を聞く子どもたちの姿がありました。おじいやんのお話に耳を傾ける花子たちのようです。きっと、想像の翼をいっぱい広げて、未来へと羽ばたいていくに違いありません。

高橋是清邸」
f:id:mijikun66:20140613233634j:plain
明治から昭和のはじめにかけて日本の政治を担った高橋是清邸の母屋部分。1936年(昭和11年)の2,26事件の現場となりました。

f:id:mijikun66:20140604152555j:plain 邸宅の中からは、港区赤坂にあった高橋是清邸の庭園の一部をみることができます。蓮子さまが歌を詠んでいるかのような風情です。

田園調布の家(大川邸)」
f:id:mijikun66:20140613235954j:plain1925年(大正14)、郊外の住宅地大田区田園調布に建てられた全室洋間の大川邸です。

f:id:mijikun66:20140614000330j:plain
ちっとも古さを感じさせない素敵な居間です。今にもアンが歌いだしそうです。

前川國男邸」
f:id:mijikun66:20140614105417j:plain日本の近代建築の発展に貢献した建築家前川國男の自邸です。こんな別荘が欲しい!と、一目惚れです。

f:id:mijikun66:20140614111732j:plain
それでは、玄関から中へ入ってみます。激動の時代の女性運動家たちが集う別荘を訪れるようなわくわく感です。

f:id:mijikun66:20140614112445j:plain玄関から居間へと入る扉。軸をわざとずらしています。

f:id:mijikun66:20140614105341j:plain
扉を開けて中を見ると、吹き抜けの居間の何という開放感でしょう。
f:id:mijikun66:20140614105328j:plain
開放感あふれる居間の秘密はここにもあります。
梁の長さや太さをかえ、間隔をずらして、扉を開けた時に、視界が窓へ向かうよう、緻密に計算されているとのことです。
飾り棚は、二階のロフト部分から出し入れができるようになっているそうです。

f:id:mijikun66:20140614114013j:plain
床から天井までの大きな大きな窓。良く手入れされたお庭の緑がとても心地よく目に入ってきます。

戦時体制下、建築資材が手に入りにくい時期に竣工されたそうですが、和風の切妻屋根、居間を中心としたシンプルな間取り、どこをとっても洗練された素敵な住宅でした。

 花子の時代の女性たちがいてくれたからこそ、今の自分がいるということに感謝しながら、想像の翼を思う存分広げることができた「江戸東京たてもの園(住居編)」です。

次回は『お食事と屋外展示物編』です。

 

江戸東京たてもの園

所在地:〒184-0005 東京都小金井市桜町3−7−1
営業時間:9時30分~16時00分
電話: 042-388-3300